ファシリテーション塾 実践コースの合宿に行ってきました。
3/2~3はファシリテーション塾 14期実践コースの合宿に行ってきました。 ファシリテーション塾についてはこちら。
14機に申し込んで夏に向けていろいろ学ばせていただくわけですが、 そのキックオフとなる合宿という位置付けです。
このファシリテーション塾に行く動機については過去エントリーでまとめてます。
場所は山梨県の甲府市。都会の喧騒から離れたとても静かな場所でした。
参加者は11名と講師、スタッフの方々。 まずはチェックインとして今の気持ちを一人一人共有することから始まり、早速1つ目のセッションに入りました。
問い:相手を"感じる"とは何だろうか
まず最初のセッションではオープンセンテンスという手法で1 on 1の対話をしました。 このオープンセンテンスの特徴は聞く側の聞き方が明示されていることでした。 4つの問いそれぞれに対して、聞く側のスタイルが指定されています。
テーマは
- 私が子供の頃、好きだった場所は・・・
- 私が好きでたまらないものは・・・
- 私が今感謝したいのは・・・
- 私は今あなたと・・・
ということで、聞き方も
「自然に相手の話を受け入れる」→「内容ではなく、話しているその人にフォーカスを当てて聞く」→「リフレクティブリスニング」 と、相手を尊重し、受け取り、信じるということをやりました。
合宿の構成は基本的に、「セッション」→「ふりかえり」という構成で各セッションからの学びを自ら気づける構成となっており、 その時間も十分に取られており、深く自分と対話できるような場が用意されていました。
私の気づき
私の中の薄っぺらい感覚の中でまず思っていたのは「相づち」や「リアクション」といった小手先の手法を学ぶ場なのかと思っていました。 「ああこれね」と感じていたのが事実です。しかし、進んで行く中で心の底から相手に気持ちを向けること、気持ちを受け取ることに集中することで、相手が何を言っていても「この人は素敵な人だな」「この人はこう言うことが好きなんだな」と温かい気持ちで心を向けることができました。
そしてここでのディスカッションで上がっていた言葉が「相手をどれだけ感じれるか」と言う部分でした。 その中で
- 1 on 1時は「向かい合うこと」と「斜めに座って話すこと」どちらが本来の安心安全につながるのか
- エネルギーはどこに向かうのか
- SympathyとEmpathyの違い
※詳しくは長くなるので聞いてくれたら解説します。
など序盤からフルスロットルの熱い議論が生まれていました。 そこを眺めたり、参加している中で私の中で生まれた問いが「"感じる"とは何だろうか」と言うものでした。
どうしても論理的に説明することや具現化することにフォーカスしてしまう自分にとって「センス」や「感覚」といったものが自分の中でしっくりくる体験が少なく、なんとなくフワフワした状態で捉えていたので、"感じる"と言うものとは縁遠かったような気がします。
そんなこんなでお昼のカレーを食べるのですが・・・
テーマ:多様性に触れる
午後のセッションはまず、ゴールイメージが共有されました。 実践コースはすでに14回目を迎えていることで毎回テーマが変わります。 今回は
「ファシリテーターはいかなる時も"安心・安全"にする」
というテーマです。
「安心・安全」とはなんでしょう。 どうしても日常をスクラムマスター的な視点で見ているを「心理的安全性」と言う言葉が浮かんできます。 そんな時に思いつくのは
などが思いつきます。 最終的に合宿を終えて思ったのはこれらは表面的なものであり、真髄ではないと感じているのですが、 そのきっかけとなったのが2つの言葉でした。
- 「涅槃寂静」・・・心の奥には静けさがあり、それが幸せである
- 「観自在菩薩」。。。見方を色々変えてみよう
心の奥の静けさ。皆さん感じていますか? 今、これを読んでるあなた。私とつながっているということは、毎日セコセコ動いてるでしょ?w
私もそうです。
そしてこの話の流れで毎度おなじみ、「マズローの欲求五段階説」の解説をしていただきました。 これは価値観ババ抜きのワークショップでもよく私自身がお話しするやつですね。
ただ、私はとても恥ずかしかった。 すごく理解が浅かった。
- 承認欲求には他者承認と自者商人がある。
- 欠乏動機が満たされて、成長動機がある
- 人間はネガティブなので、危険が起きると①フリーズ②反撃③逃避のいずれかを行う。それが欠乏動機に深く関わる
などなど。 ※詳しくは長くなるので聞いてくれたら解説します。
私の気づき
このセッションで「安心・安全」というテーマが出てきました。 私の中に生まれた問いは
「安心・安全」って誰が決めるのか? というものです。おそらく、場に存在する全員でしょう。 つまり、参加者はもちろんのこと、ファシリテーター自身も「安心・安全」と言えるか。
もっというと場の全員が個性を持ったことなった人間なわけで、一人たりとも同じではないでしょう。 そんな場を「安心・安全」にするとはどういうことか。
私の中で答えは出ませんでした。 しかし、一つだけわかったことは
「場の性質、空気、雰囲気を理解する必要があるだろう」ということ。 つまり、そのためにはあらゆる個性に触れること、
「多様性に触れる」ことで私の中での視座の引き出しが増えるのかなと思い、
この後行われた2日間のゴールに関しては
「多様性に触れる」
としました。
問い:なぜ今ここにいるのか
次のセッションはビジョンクエストというセッションでした。
具体的には視野を広げて、1時間半、自由に外をさまよい、自然に触れる。そして、自分と深く対話し、戻ってきたところでマイストーリーを語るというものでした。 そのマイストーリーのテーマが「なぜ今ここにいるのか」というものでした。
私としてはこの問い、すごく馴染みがありました。 そう、プロジェクトを立ち上げる時にファシっているインセプションデッキの1つめ。
「我々はなぜここにいるのか」
です。
※ インセプションデッキについてはこちら
そんなこともあり、ファシリテーション塾に申し込んだタイミングでブログで自分に向き合っていました。 ただ、結論としてはその時と大きく違うものになりました。
私のマイストーリー
このビジョンクエスト。まず私が何をしたか。
私の中で最初に生まれた問いが
「 "ここ"ってなんだろう」
というものです。
これは
"場所"を指しているのか。 "ポジション"を指しているのか "時間"を指しているのか
考えるたびに深みにはまっている感覚です。 そこで、まずは何も考えずに歩いてみました。きっと、そこで惹かれたものに意味があるのだろうと。
まず私が立ち止まったのが「広くひらけた景色が一望でき、街を俯瞰できる場所」でした。 なぜここに立ち止まったのか。
私は昔から「自分には洞察力があるのかな」と思うことが多々ありました。 具体的には高校3年生。東海大学相模高校吹奏楽部43期部長の頃から。
部長になってまず最初に自分の中で決めていたのは「150人の部員全員と話そう。異変に気づけるようにしよう」 というものでした。ひたすら相手を観察し、異変を察知し声をかける。 この点に驚かれたこともありました。
そして現在。 エンジニアでありながら、アジャイル、スクラム、カイゼン・ジャーニーに興味を惹かれるのもそういったところからかもしれません。 異変を察知し、課題を見つける。また、笑顔や些細なウキウキ感を見抜くことが得意だからマネジメントに興味を持っているのかもしれません。
一方で、見えてしまうが故に行動せざるを得ないのも事実です。 嬉しいことに
- チェンジエージェント
- ハンガーフライトをする人
- 情熱的
- ベンチャー資質
などよく言われます。これはもしかすると本質的には洞察力。見えにくいものが見えてしまうが故に動かずにいられないことからきているのかもしれません。 ふと思うと、そういった状況から、「型や理論」より「まずは行動してみよう」と考えてしまいます。 そして保、方法論に興味が持てない。回り道をしてでも結果が全て。頭より足。と考えてしまうのでしょう。
とすると、考えるより、その場を見て臨機応変に変えていくことが必要だし、そのスキルを身に付けたいと考えがいくのも必然かもしれません。
と、そのあたりで、立ち上がってまた歩き出して見ました。
次に目についたのは「木々が立ち並ぶ森」でした。 木々は一本一本全く別々で同じものがありません。見た目だけですでに。
人はどうでしょう?
見た目どころか中身も異なります。その掛け算分の個性があります。 だからこそ、その場に応じた動き方が必要で、それはファシリテーター自身にも当てはまるかと思います。
つまり、ファシリテーター自身にも得意なことがあり、その色を出せばいい。 私の場合は「場を見て、場を変幻自裁に変えていく」「場に合わせて内容やテーマすら変えていく」ことができるのかなと思います。
そのためにはやはり人を理解する。引き出しを増やすこと。 それには体系立った裏付けが必要だと気付きました。
そう、自分が今まで避けて来た方法論を学ぶということで説得力を増すことです。 そうして、みんなのHappyな場を作りたいとこの1時間半で思いました。
そんなストーリーを話し、皆さんの認知承認をいただきました。
それは * 行動、事実に対するフィードバック * 存在の認知承認 * 可能性、信頼に対するフィードフォワード
でした。
初めて感覚を理解した夜
そして夕食を経て夜も老け・・・ 夜のセッションです。
小高い山の上ということもあり、真っ暗。広場には電灯すらありません。 そんなところに連れて行かれ、渡されたのはアイマスク。 これから何をするのだろう。電波少年のようにTプロデューサーに拉致されるのだろうか・・・。
その通りでした。 若かりし日の有吉さんのようにみんな目隠しをし、次々と離れたところまで連れて行かれ、座らされたと思ったら、遠のく足音・・・。
そう、暗闇に放置されたのです。
ただ、これは罰ゲームでもなく、普段人間が頼りきっている視覚をたち、静寂の中でただ感性を磨く。 そんな意図が含まれていました。
目を閉じるとどうでしょう。 普段は気にかけないような音や風が肌に触れている感覚を味わい、不思議なことに聴覚が研ぎ澄まされ、遠くの音もより鮮明になり、 見えてないはずなのに立体で脳の中になんとなくの位置関係が見えて来ました。
よく少年漫画で目をやられた主人公が聴覚だけで敵を倒すような様子が思い浮かび、なぜか笑えて来ました。
そんなことが頭の中で渦巻きました。 そう、なぜか目を閉じると「自分の頭の中がうるさい」。3つのことを同時に考えていた気がします。 「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」という映画も思いました。
そして、お迎えが来ました。 誘導されるがままに座ると、誰かと背中合わせ。 そして、誰かと手をつなぎました。
「これがあなたのチームです。これから声でコミュニケーションを取ってください。」
ここで声を発して自分以外の3人のチームメンバーと初めての対話。 そう、これから半年間1つのワークショップを共に作るチームがここで結成されました。
それからは目隠しをしたまま、
「立ってみようか?」 「向き合ってみようか?」 「以外に手が大きい!」 「手が冷たい」
など、聴覚→触覚を普段は発揮しないほど最大限活用していました。 そうすると・・・
「なんか見えないけど見えて来た」 「そっちの方向に誰かいて、ビニールを畳んでる・・・今その人ビクッとした!」
と感覚が研ぎ澄まされたことを実感する、第六感のようなものを感じました。 こうして、我々のチームが結成されました。
懇親会、そして、懇親会
そのあとは懇親会と部屋での二次会。 床についたのは深夜2時半を回ったところ。
この間も
「場ってなんだろう」 「本当の自然体ってどんな状態だろう」 「人間のエゴや個性ってなんだろう」
といった考えることから解き放たれた感覚の世界。そのさきの自然体というものをみんなで探求するようなはないをしていた気がします。
問い:人であることの意味って・・・。
2日目が始まりました。 まずは1日目の振り返りと今日の目標。 私は昨晩の議論もあり、絶対的な問いが生まれていました。
「人である意味ってなんだろう・・・(機械じゃなく、気持ちを持つことって?)」
というものです。 「究極、感覚に全てを委ねてしがらみから解放された自然な状態が全員に来れば、エゴはなくなり、みんな安心・安全なのでは?」 ただ、人間には感情や承認欲求、エゴがある。
うーん・・・難しい課題です。
そこからはチームでのワーク。
- 昨日のふりかえりか
- 私たちはなぜチームになったのか
- このチームで作りたい雰囲気は?
などチームでの時間を深め、自分たちは何に導かれたのかを深めました。
その時のファシグラの内容がこちら
不思議なことに言葉でアウトプットする間にも
「なんとなくこんな感じだよね・・・」 「わかるわかる!」
みたいな感じで4人の意識が共有され、同じ方向を見て、同じ気持ちになれていることが実感できました。 わずか1日ちょっとでこの境地に達したのは初めての経験でいまだに驚いています。
ボディーストーミング
次のワークはボディーストーミング。 3分間の寸劇で表すというものでした。
私たちのチームは圧倒的に昨晩の"感覚"という共通の経験があったので、それをどう表すか。 そして、目指すべき雰囲気、それは
「気づかせる」「気づいてもらう」ではなく、自ら「気づく」環境。
それを表すにはどうしたら良いか。 そこで私が思い出したのがこちら。
ご存知の方も多いと思います。フォロワーの重要性が語られる動画ですね。
これが我々のチームの目指す雰囲気にとても近いのではないかと。
一人の男が踊っているだけだとただの変な人になってしまう。 そこに勇気あるフォロワーがつき、大きなムーブメントが起こる。 無理に巻き込むこともせず、自然に集まる様子。
そこに昨晩、私たちを導いた聴覚、触覚。 言葉を一切使わず、自然にチーム以外の全員が一緒になって踊り出す雰囲気を作ることができました。
最後に。全てのふりかえり。
本当の最後の最後は合宿の収穫をふりかえりました。 ここでは私の全文を公開。
①合宿はどんな体験だったか
自分の中の感覚を研ぎ澄ます機会になった。 自分の中の無意識を意識する機会になった。 手法や方法以上に時間を共有する、同じ時間を共に過ごすことを最大限に生かし、チームが形成される感覚を覚えた。 今までは「自分を見つめ直す = 思い出してふりかえる」と思っていたものが、身体的に五感を見つめ直すことで、 今まで「心・技」にしか向き合えなかったところに「体」が加わったと自信を持てて言える結果だった。
②どんな学び、気づきがあったか。どんな成果だったか。
自然な状態、感覚というものを感じれた気がする。 今までは何事も言語や絵でアウトプットすることを大切にしてきたが、体で表現すること、感覚に訴えかけることを学んだ。 そして、「理想」とする自然な状態はあるが、人間には「気持ち」がある。 人間だもの。時には気持ちに振ってみたり、エゴが出たり、情がこもってしまっていいと思う。 人間は不完全だからこそ愛おしい。不完全の美があると感じた。
③学びや気づきはどう生きていくか。どう活かしていくか。成果はどのように人生に生きていくか
いろんな考えや価値観を持っている人々の場を作る。そのためのチームビルディングには内側での繋がりが重要で必要だと感じた。 最大限人間臭く、バラバラの個性を認知承認する、そんな覚悟ができた。
④誰にどんな感謝を伝えたいか。自分にどんな感謝を伝えたいか。
唯一休みが買わなる日曜日に合宿に送り出してくれた嫁。 存在を教えてくれて、メンターをしてくれるガオリュウさん 一緒に深掘りし、共通の体験ができた14期の仲間。 自分がまっすぐ純粋であれたこと、気づきを多く得られた自分に感謝。
まとめ終えた今思うこと。
とても貴重な経験でした。 何よりも、「感覚」を感じられたこと。そして、深い問いを常に持ち続けられる環境とそれを共に探求できる仲間に出会えたことが衝撃でした。 そして、この仲間と毎月会えること、共により深いところへ飛び込んでいけることが楽しみな自分がいます。 この先に何が待っているのか。小手先のテクニックや頭だけの理論だけの今までの自分がいかに薄っぺらいものだったか。 本当の体験を経験することで強くなるということを実感し、これからも心の奥から場によりそう、 視座を柔軟に変えていけるようなファシリテーターになれたらいいなと思いました。
かけがえのない時間を共に過ごせた仲間に感謝し、このエントリーを終えたいと思います。